「平家物語」の、平盤の若武者振りを語った描写だが、この後で熊谷次郎難に首を打たれた時、この若き平家の公達は十七歳であったと記されています。
なすのよいちまともよぎおどし那須与一が扇の的を射落した場面でも、この弓の名手はやはり萌葱繊の鎧を着ており、―未だ二十ばかりの男なり―と紹介されています。
だから老武者が若武者の象徴である萌葱色の鎧を着けたりすれば、ちょっとした歴史的事件であったわけだ。
―武蔵の国の住人長井の斎藤別当実盛は、存ずる旨ありければ、赤地錦の直垂に、萌葱繊の鎧着て、鍬形打ったる甲の緒をしめ、・・・と特記されているほどです。